朝5時過ぎに松本東急インを出発。今回は鉄橋の上で撮りたかったため、南小谷から川を跨ぐ所を順番に立ち寄ることにして移動開始。南小谷~中土間の第4姫川橋梁は下回りが隠れるため×(バツ)。 次に立ち寄った中土~北小谷間の第5姫川橋梁を本日の撮影地として選択し、まずは試し撮り。 |
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予報では「本日の午前中は雨」とのことであったが、幸運なことに天気予報がはずれ早いうちに晴れてきた。 上の位置からだと正面に日が当たらないため河川敷に降り上りを撮影。 注. 右の写真をクリックすると、列車部分が拡大します。 |
結局下りもこの位置で撮ることにし、今度は縦アングルにして川面も入れてみたのだが、偏光フィルターを持って行かなかったのは失敗であった。 なお上流のダムを放流すると、当然のことながらこの位置は水に浸かってしまう。前の日の夜から当日早朝にかけて降っていた雨も、総雨量は少なかったのであろう。 この後帰りの渋滞を避けるため、速攻で中央道豊科インターに向かったのであるが、これが大正解。家の近くの写真屋に現像に出し、できたのを受け取って16時過ぎには帰宅できたのであった。 |
19日走行の大糸線キハ52+58が今回の撮影旅行の目的であるが、せっかくなので前日に現地入りして他もいろいろ撮ることにした。 渋滞を避けるため早めに出たことが功を奏し、381系ちくまの回送に余裕を持って間に合い洗馬~日出塩間で撮影。 前回は「ちくま」のヘッドマークが出ていたのであるが、今回は「回送」でもなく無印だった。 |
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ここからは今後の撮影のため、篠ノ井線沿線の下見をすることにした。 まずは西条~坂北間の「道の駅」に車を停め、近くの踏切で「しなの」を初めいくつか撮影。 |
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次は姨捨まで足をのばし俯瞰撮影。 この後引き返し松本電鉄等を撮り、17時頃には予約しておいた松本東急インに到着。 到着後何気なくDJ 10月号を見るとE491系+マヤ50が吾妻線を走ったのを発見。こちらを撮るべきだったが後の祭りである。何事も事前準備が必要なようだ。 |
往きは東京湾横断道路、帰りは東京湾フェリーを使い、秋にはなくなる「183系さざなみ」を撮りに行った。 あまりにも有名な場所で撮ると、雑誌に載ってるのと極めて似た構図になり面白くないが、やはりよい場所であるのは確かなようだ。 なお、線路から離れれば左側の白い建物を避けることができる。 |
以前から撮ろうと思っていた東海道新幹線甲種をついに撮りに行った。 家を2時30分頃に出て横浜青葉から東名に入り、浜松西を4時30分頃出た。 国土地理院発行の地図で目星を付けておいた数個所を見た結果、弁天島の先の鉄橋を走るところを撮影。 |
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8時頃から太陽が南側に回るため、線路の反対側に移動。 8時30分頃通過する予定のセメント貨物は既に夏休みに突入したらしく現れなかった。 一方、この区間からとっくに姿を消していると思っていた117系を撮れたのは儲けモノであったが、残念ながら正面ギラリになってしまった。 9時頃この場所を離れ、大井川鉄道のSLを撮るため金谷方面に向かった。 |
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「臨時SL急行」は間に合わないと思い呑気に移動していたのであるが、途中何気なく時計を見ると、撮影場所さえ選ばなければ撮れそうな雲行きになってきた。 福用の先のこの場所に通過5分前に到着し、急遽撮影。後ろの山の斜面がはげているのだが、うまい具合に煙に隠れたのであった。 次に抜里~笹間渡間の鉄橋に向かった。 |
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こちらは道の駅から撮れる極めて手頃、かつ有名な場所である。 気温が高いと川の上で下降気流が発生することが多く、ご覧の通りであるが、後ろで押している電気機関車がうまく煙に隠れたのでまぁよしとしよう。 昼食を取った後、12時30分頃定時に通過した「かわね路号」を撮影。帰りは清水から東名に入り家に向かった。 |
3年強続いた茅ヶ崎勤務もいよいよ終りが近づいたため、以前から通勤時に目をつけていた藤沢駅で駅撮りをすることにした。 いつもより1時間早く家を出て始発の電車に乗ったのであるが、藤沢駅についたのは「銀河」が通過した直後であった。 まずは「出雲」を撮影。 |
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次に「サンライズ瀬戸・出雲」を撮影。 ところが「あさかぜ」が定刻を20分過ぎても来ないため、仕方なく撮影を打ち切り、ホーム中程の大船軒でそばを食べた後会社に向かった。 おそらく「あさかぜ」は遅れて貨物線を走ってくることだろう。 |
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なお、私が物心ついた頃には既に走っていた113系もいよいよ終焉を迎えるため、何本か撮影した。 それにしても、8月から上りの電車に乗って都内に通勤しなければいけないと思うと憂鬱である。 |
昨日の撮影でフィルムを使い切ればよかったのであるが、カメラの中に6枚残っていたため、家からすぐ近くを走るこどもの国線を撮りに行った。 恩田駅からすぐの踏切は雑草ぼうぼうのため、約300mこどもの国寄りの長津田4号踏切で撮影。上り2本、下り1本撮影後フィルムを現像に出し、家に帰った。 |
2005年-3月末をもって廃止される日立電鉄を撮りに行った。 家を6時頃に出て東名・首都高・常磐道を通り、ETC非対応の日立中央インターを出たのは9時頃であった。 川中子付近まで引き返し、まずは田んぼの中を走る常北太田行きを撮影。次に鮎川行きを撮影した後大橋寄りに移動。 |
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こちらは大橋駅を出て道路を立体交差で跨ぐ手前の場所である。 上の場所といい、この場所といい、2005年の年明けくらいからは撮影者が大挙して押し寄せそうである。 この後鮎川駅に移動。駅撮り(ここには載せていないが)をして午前の部を終了。 |
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15時頃、今度は茨城交通の殿山~平磯間で上り、下り1本ずつ撮影。 上記の文章だけを読むと「何で一度日立中央インターまで行ったのか」「12時から15時頃までは何をしてたのか」等、疑問が湧くだろうが、本日茨城まで行ったのは撮影だけではなかったためである。 この後那珂湊の市場で岩ガキを食べ家路についた。 |
DD51+12系客車+DE10で運転される「奥多摩~御嶽60周年号」を撮りに行った。 青梅線内の撮影場所はあまりよく知らなかったため、道を歩いていた同業者に声をかけ、ついて行くことにした。 まずは古里~鳩ノ巣間で撮影。この場所は崖を15m位上らないと行けないため、我々の他には撮影者はいなかったが「青梅線らしい景観」でないのが残念である。 |
次に軍畑~沢井間で俯瞰撮影。 こちらは青梅線を代表する風景の一つであるが、何と同業者約20名。この場所に20人も集まるのは「石灰貨物」がなくなってからは初めてではなかろうか。 |
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